其の道を知らざる者衆きなり|10月9日のことです。
Release: 2018/10/09 Update: 2018/10/09
其の道を知らざる者衆きなり
之を行ひて、著ならず、習ひて察ならず、終身之に由れども、其の道を知らざる者衆きなり。(尽心上五章)
これをおこないいて、あきらかならず、ならいてつまびらかならず、しゅうしんこれによれども、そのみちをしらざるものおおきなり。(じんしんかみごしょう)
【訳】
人としての道を行っていながら、その道を何故行わなければならないのかが分からず、習慣となっていながら、その道理を詳しく知らない。また、生涯それに従って生活しながら、その道理をよく認識していないという人が多い(実に嘆かわしいことである)。
10月9日、孟子一日一言の言葉です。
論語や孟子に生涯触れることなく過ごす人も当然いることですから、わからない人もいるかもしれません。
実際には読んだだけでは理解できないことも多いですから実践している人の方がよほど立派だとも思います。
しかし、江戸時代の子供たちは寺小屋で論語や孟子を勉強しているのですからすごいですね。
人間として道を理解して人に話出来るようになるというのはとても難しことです。
今日も一日がんばります。
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