四十までは修業時代
Release: 2022/04/13 Update: 2022/04/13
四十までは修業時代
人間は四十までは、もっぱら修業時代と心得ねばならぬということです。現に山登りでも、山頂まではすべてが登り道です。同様に人間も、四十歳まではいわゆる潜行密用であって、すなわち地に潜んで自己を磨くことに専念することが大切です。【43】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
こういうことに気づくというのも早い方がいいとは思うのですが、自分の子供にすらもなかなか伝わらない、逆にもっと伝わらないかもしれませんね。
最近はやっている筋トレなんかについても伸ばす行為の方は大切ということでこれも一理あるとは感じます。
山登りも下りが大切で私もすでにゴールが死であるならば、ここからの下りが大切だと思ったりするわけです。
しっかりと考えながら下っていかなければいけないわけですが、若干の登りもあったりしながら下っていくとは感じます。
諦めるようなことではいけないとも思っていますので気合を入れねばなりません。
なんだか自分の決意表明みたいなってしまう感じがしておりますが意義や意味をつけながらということは大切です。
本質をさぐりながら楽しもうと思います。
関連コンテンツ
鍛錬 われわれ凡人は人生のある時刻において、何らかの意味でかようなきびしい鍛錬をその師から受けない限り、真の人間とはなれないのではないでしょうか。【160】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿…
目下への謙遜 謙遜は、ひとり目上の人とか、ないしは同輩に対して必要なばかりではなく、むしろそれらの場合以上に目下の人に対する場合に必要な徳目だともいえましょう。【205】 #修身教授録一日一言 #森信…
心にすが入らぬように 諸君らが今日忙しさに口実を求めて、何ら自発的な読書をしないということは、すでに諸君らの心にすが入りかけている何よりの証拠です。【65】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿…
一つ提案ですが、許されるならば、三畳もしくは二畳でもよいですから、ご自分の書斎を持たれるのが願わしいと思うのです。それというのも書斎というものは、読書によって心を磨くべき唯一の場だからです。それゆえこ…
立志を持って根本とする① 私は、人生の真の出発は、志を立てることによって始まると考えるものです。古来、真の学問は、立志をもってその根本とすと言われているも、まったくこの故でしょう。人間はいかに生きるべ…