心の養分は足りているか
Release: 2022/11/28 Update: 2022/11/28
心の養分は足りているか
ひとたび「心の養分」ということになると、われわれは平生それに対して、果たしてどれほどの養分を与えていると言えるでしょうか。からだの養分と比べて、いかにおろそかにしているということは改めて言うまでもないでしょう。【62】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
読書の量が足りていないのでしょうね。
実際一か月に3冊の本は読んでいませんからね。
小説とかならまだまだ読めるのでしょうが、特に読みたいものもありませんからもっぱら森信三となるわけです。
2025年に日本は目覚めてると言われていますが何が起こるのでしょうかね。
とにかくここ何年かは経済的には良くない状況かもしれません。
値上がりばかりで中小企業はだいぶ弱っていますからね。
高齢化もありますし、後継ぎがいない企業も多いので。
時代が変わるということでしょうか。
覚悟して計画をたてていかないとなりません。
関連コンテンツ
感動が進歩の源になる 情熱というものは、まず物に感じるという形をとって現れるもののようです。したがって感激とか感動というものは、その人の魂が死んでいない何よりの証拠です。ですからわれわれ人間は、感激や…
国民教育に従事する者は、地方の人心をひきいて、民風を起こす人物をつくらねばならぬ。 死とは結局、生まれる以前の故郷へ帰ること。 「信」とは、この天地人生の実相をつかんだ人の言葉を、素直に受け入れること…
真実の道 実は真実の道というものは、自分がこれを興そうとか、あるいは「自分がこれを開くんだ」というような考えでは、真に開けるものではないようです。では、真実の道は、一体いかにして興るものでしょうか。そ…
謙遜は自己の確立から 人は真に謙遜ならんがためには、何よりもまず自己というものが確立している事が大切だと言えましょう。すなわち相手が目下であるからとて調子に乗らず、また相手が目上になればとて、常に相手…
かくして情熱というものは、人間の偉大さを形づくりところの素材であり、その基礎と言ってもよいでしょう。したがってまた初めから情熱のない干からびたような無力な人間は、いわば胡瓜のうらなり見たいなもので、…