往く者は追はず、来る者は拒まず|12月17日のことです。
Release: 2018/12/18 Update: 2018/12/18
往く者は追はず、来る者は拒まず
夫子の科を設くるや、往く者は追はず、来る者は拒まず。苟も是の心を以て至らば斯れ之れ受けんのみ。(尽心下三十章)
ふうしのかもうくるや、ゆものをおはず、くるものはこばまず。いやしくもこのこころをもっていたらこれこれをうけんのみ。(じんしんしもさんじゅっしょう)
【訳】
先生が教科を設ける場合には、全て「去る者は追わず、来る者は拒まず」という流儀で弟子を取っている。仮にも聖人の道を学ぼうとして来る者は、そのまま誰でも引き受け、教えているのである。
12月17日、孟子一日一言の言葉です。
学ぶ意欲というのはいろいろな事情で薄れることもあります。
しかし、来る者を拒むことがないというのはありがたいことです。
人生常にこれでいいということはないでしょうから常に学ぶことになるんだと思います。
今日も一日がんばります。
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