私欲の一関を越える
Release: 2022/03/14 Update: 2022/03/17
私欲の一関を越える
私意私欲の一関を突破するということは、口で言えばただそれだけのことですが、しかしいざわが身のこととなると、決して容易なことではありません、しかし人間も、一たび私欲の一関を越えますと、一切の対人関係が明らかに見えて来ます。その明らか筋道に従って行えば、みな道にかなうわけです。【463】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
世の中を愉快に過ごすためには人のためを考えることが大事だということですね。
しかし、人間は自分が好きで本能的に自分のためにという部分があるので意識しないと駄目な部分もありますよね
まずは誰かのためにという視点が必要なんでしょうね。
まずは自分は何を出来るかということを考えていきたいと思います
関連コンテンツ
学歴は無用 とかく人間というものは、地位とか学歴とかに引掛っている間は、真の徹底した生き方はできないものです。学歴というようなけち臭いものに引っ掛かっている間は、その人の生命は十分には伸び切らないから…
自修の決心 真の修身科は、いつも申すように、自分の一生の志を立てることが根本です。つまり自分の生涯を貫く志を打ち立てるということです。人間も自己を修めないことには、真の人物になることはできません。この…
いかに深く生きるか 人生というものは限りあるものであり、しかもそれは、二度と繰り返すことのできないものです。してみると、そこに許された人生の真の生き方というものは、この限られた年限を、いかに深く生きる…
批判的態度 人間は批判的態度にとどまっている間は、その人がまだ真に人生の苦労をしていない何よりの証拠だとも言えましょう。もちろんその人の性質にもよることですが、とにかく自分は懐手をしていながら、人の長…
元来この言葉は、ライプニッツという哲学者のとなえた説であって、つまり神はこの世界を最善につくり給うたということです。 したがってこの世における色々のよからぬこと、また思わしからざることも、畢竟するに…