この世の愉快を過ごす
Release: 2022/03/28 Update: 2022/03/28
この世の愉快を過ごす
人間は、この世の中を愉快に過ごそうと思うなら、なるべく人に喜ばれるように、さらには人を喜ばすように努力することです。つまり自分の欲を多少切り縮めて、少しでも人のためになるように努力するということです。【462】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
世の中の愉快さというのは実際自分が決めることですが自分のためでじゃ半分だということなのでしょうね。
実際自分のこと以外でしか無理だということはあるでしょうね。
崖から落ちそうになった時にどのような場合、普段以上の力が出るかと考えるとわかります。
というくだらない妄想をたまにするのですが(笑)
それには仕事の考え方ということもありますよね。
CSVつくってUPして満足していてはいけませんね。
関連コンテンツ
「我」のとれていないような人間が小言を言ったら、それだけでマイナスになる。 #運命を創る100の金言 #森信三 我を感じることが大切だと思います。通常は意識しないことです。 我がないという…
気付きが支柱になる 人間は自ら気付き、自ら克服した事柄のみが、自己を形づくる支柱となるのです。単に受身的に聞いたことは、壁土ほどの価値もありません。【134】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投…
人生を真剣に生きようとしたら、何人も読書というものと、無関係ではありえない。 #運命を創る100の金言 #森信三 さすがに有料の #Evernote です。かなり頻度でアップデートがあると…
学問修養には気魄を要す 古人の学と言えば、必ず聖人たらんことを志したものです。しからば今日われわれ日本人として、いやしくも学問修養に志す以上、われわれのもつ偉大な先人の踏まれた足跡を、自分も一歩なりと…
人生は短距離競争 実際人生は二度とないですからね(先生は幾度もくり返して言われる)人生は、ただ一回のマラソン競争みたいなものです。勝敗の決は一生にただ一回の人生の終わりにあるだけです。しかしマラソン競…