この世の愉快を過ごす
Release: 2022/03/28 Update: 2022/03/28
この世の愉快を過ごす
人間は、この世の中を愉快に過ごそうと思うなら、なるべく人に喜ばれるように、さらには人を喜ばすように努力することです。つまり自分の欲を多少切り縮めて、少しでも人のためになるように努力するということです。【462】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
世の中の愉快さというのは実際自分が決めることですが自分のためでじゃ半分だということなのでしょうね。
実際自分のこと以外でしか無理だということはあるでしょうね。
崖から落ちそうになった時にどのような場合、普段以上の力が出るかと考えるとわかります。
というくだらない妄想をたまにするのですが(笑)
それには仕事の考え方ということもありますよね。
CSVつくってUPして満足していてはいけませんね。
関連コンテンツ
下座を行ずる② 世間がその人の真価を認めず、よってその位置がその人の真価よりはるかに低くても、それをもって、かえって自己を磨く最適の場所と心得て、不平不満の色を人に示さず、わが仕事に精進するのでありま…
その場限りの感激 いかに立派な教えを聞いても「ハハァなるほど」とその場では思っても、それが単にその場かぎりの感激に終わって、一度教場を出ればたちまち元の木阿弥に返ってしまうようでは、何年学校に行ったと…
女人は将来他家の人になるということが、その必然の運命である以上、親としては他日どんな家へ嫁ごうと困らぬように、またそのために、辛い思いをしないようにしておかねばならぬでしょう。なぜなら女は将来どの家…
「報徳記」と「夜話」に学ぶ 極端に言えば、小中学校では尊徳翁の「報徳記」と「夜話」とを読ませれば、修身書はいらぬとも言えるほどです。教科書を躬をもって突き抜けていくだけの信念がなくては、何を言っても無…
満足できる生き方 諸君らの中には、「どんなに努力したって、この世に心残りがないというわけにはいかないだろう」と思う人もありましょう。しかしまた他の一面、人は生前、自分の全力を出し切って生きれば、死に臨…