この現実の大野に
Release: 2022/07/08 Update: 2022/07/08
この現実の大野に
教育とは、結局人間を植えることであり、この現実の大野に、一人びとりの人間を植え込んでいく大行なのです。それがいかに荘厳な事実であることか。それは達識明眼の人でなければ、真の洞察はできないかも知れません。【126】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
教育を最優先に考えないといけないでしょうね。
気づく人間をつくるというのも大事なことです。
さらには気づいただけではそれもまた意味がありませんね。
実行が伴わないといけません。
立腰堅立
何事もかかる重要な問題に取り組むには「立腰」の確立が先決です。
というようにせめて背筋をのばし姿勢を意識することくらいは続けねばならないと改めて誓うのでした。
関連コンテンツ
山巓に立って分かること 人間は、どの下り坂をとるかということは、山巓に立って初めて分かるものです。諸君らに、私のこの言葉が何を意味するか分かりますか。むろん今は分からんでしょうが、もし諸君らにして、今…
すべて一芸一能に身を入れるものは、その道に浸り切らねばならぬ。躰中の全細胞が、画なら画、短歌なら短歌にむかって、同一方向に整列するほどでいなければなるまい。つまりわが躰の一切が画に融け込み、歌と一体に…
故岡田虎二郎先生に言葉 「上級者に喰って掛かって、自ら快しとする程度の人間は、真の大器ではない」 会社の帰りに、縄のれんをくぐって一杯引っ掛けながら上位者の悪口をいって、溜飲を下げる程度の人間も大した…
存在感 真に偉大な人格は、これに接した人々が、直接眼のあたりその人の接した時よりも、むしろその膝下を去って、初めてその偉大さに気付くものであります。金剛山の高さは、山の中にいる時よりも、これを遠ざかっ…
元来この言葉は、ライプニッツという哲学者のとなえた説であって、つまり神はこの世界を最善につくり給うたということです。 したがってこの世における色々のよからぬこと、また思わしからざることも、畢竟するに…