その場限りの感激
Release: 2022/04/12 Update: 2022/04/12
その場限りの感激
いかに立派な教えを聞いても「ハハァなるほど」とその場では思っても、それが単にその場かぎりの感激に終わって、一度教場を出ればたちまち元の木阿弥に返ってしまうようでは、何年学校に行ったところで、ただの卒業という形式的な資格を得るだけで、自分の人格内容というものは、一向増さないわけです、【400】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
自修の人「自己を築くのは自己以外にない」それはその通りですね。
自分の心の中は自分以外の人には見えないですし、いいか悪いかも自分の中にしかないわけです。
自分に言い訳をしている時が多いということは何かが根本間違っているかもしれないと思う時があります。
やはり実行、実践できていない時に言い訳を自分にしているようにも感じます。
そういう時は何かとうまくいかないものです。
とにかく突き抜けてやってみるということは大事なことです。
読書の時間も削るようにつくるしかないです。
朝はやることが多くていいですね(笑)
関連コンテンツ
風雪の鍛錬 私は老木を見ていますと、その枝一つひとつが、いかに多くのの風雪にたえて来たかというこおとを、しみじみと感ぜしめられるのであります。いやしくも老木といわれる以上は、ただ木が大きいというだけで…
プラス・マイナスは裏表 人生の事すべてプラスがあれば必ず裏にはマイナスがあり、表にマイナスが出れば、裏にはプラスがあるというわけです。実際神は公平そのものですが、ただわれわれ人間がそうと気付かないため…
精神の死 人間も、読書をしなくなったらそれは死に瀕した病人が、もはや食欲がなくなったのと同じで、なるほど肉体は生きていても、精神はすでに死んでいる証拠です。ところが人々の多くは、この点が分からないよう…
優れた師①叱らずして悦服(えっぷく)させる 本当に偉い方というものは、そうみだりに声を荒げたて、生徒や門弟を叱られるものではないのです。第一にその必要がなかろうと思うのです。 大声で生徒を叱らねばなら…
卑屈と功利打算 そもそも私達が、一つの徳目を真に徹底的に履み行わんがためには、結局根本において、人格の転換を必要とすると言えましょう。たとえば人が傲慢に振舞うということは、畢竟するに、その人が調子に乗…