ねばり
Release: 2022/06/19 Update: 2022/06/19
ねばり
ねばりというものこそ、仕事を完成させるための最後の秘訣であり、同時にある意味では、人間としての価値も、最後の土壇場においては、このねばりが出るか否かによって、決まると言ってもよいと思うほどです。【492】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
ねばりは仕事だけに重要というわけではなく、何んにでもねばりがないといけないでしょうね。
サウナでもあとひとねばりが最高のととのいを迎えられるにと感じることもありますし、運動などでもあと一歩が体を成長させる部分で重要ですねよ~。
どうやってねばりが出る人間になるのかというのは継続しかないようにも思えてくるのです。
この間も、「何か続けていることありますか?」の質問で、SNSを除いてと言われたら他に何もないというお粗末な結果でした。
読書といっても月5冊などの目標は達成できていないわけですし、運動も3か月程度続いたくらいではまだ習慣になっていないと考えます。
特に読書のねがりがない。理解できないものは睡魔が襲います。
ねばりが足りない証拠ですね。
読み切れば得るものが必ずあるのですから、運動同様に続けていくしかない。
なばりを身に着けます。
関連コンテンツ
私たちは常に神の目から見たら、自分は何点くらいの人間かということを忘れぬようにしたいものであります。同様にまた神の目からごらんになられたら、何点くらいの親かということを常に忘れんことが大切だと思います…
古来独りを慎むということが大切とされていますが、慎独とは、ある意味では、この性欲を慎むところに、その最下の基盤があると言ってもよいでしょう。この問題はことがらの性質上、どうも正面から話を聞くという機会…
負けじ魂を燃やせ 実際修養ということさえ、ある意味では負けじ魂がなければ、なかなかできるものではありません。その点からは、偉人とは道を履み行う上で、何人にも負けをとるまいと、生涯覚悟して生き貫いた人と…
まず自ら顧みる すべて人間というものは、目下のものの欠点や足りなさというものについては、これをとがめるに先立って、果たしてよく教えてあるかどうか否かを顧みてみなくてはならぬのです。したがって見下の者の…
人間は四十までは、もっぱら修行時代と心得ねばならぬということです。現に山登りでも、山頂まではすべてが登り道です。同様に人間も、四十まではいわゆる潜行密用であって、すなわち地に潜んで自己を磨くことに専念…