伝記を読む 71
われわれ人間は一生のうちに、少なくてとも三度偉人の伝記を読むべき時期があると思うのであります。そしてその第一は、小学校の五・六年から中学。高校時代に掛けての時期であり、第二は、三十代の前半から後半に掛 ・・・
われわれ人間は一生のうちに、少なくてとも三度偉人の伝記を読むべき時期があると思うのであります。そしてその第一は、小学校の五・六年から中学。高校時代に掛けての時期であり、第二は、三十代の前半から後半に掛 ・・・
人は青年期時代において、その時期に応わしい書物を潤沢に読まないと、壮年期の読書力が十分とはならず、随ってその欠損は、ひとり青年期のみに留まらないで、壮年期にも及ぶわけであり、否それはさらに老年期の読書 ・・・
読書は、いわば鉄砲で的をねらううようなものです。しかしいかにねらいを定めても、引き金を引かない限り、一向恐ろしくないでしょう。引き金を引くとは、実行ということです。そこでどんな本を読んでも、実行の心が ・・・
その反面、滋養の取り過ぎにも問題があるわけですが、こういう人も所謂読書家といわれる人々の中にもあるわけで、これは真の実践的エネルギーに繋がらない読書だからであります。真に実践に繋がらないとは、その人自 ・・・
肉体を養うためには毎日の食事が欠かせないように、心を豊かに養う滋養分としての読書は、われわれにとって欠くことのできないものなのであります。ですから人間も読書をしなくなったら、いつしか心の栄養不足をきた ・・・
読書とは、われわれが心の感動を持続するために最もたやすい方法であります。したがって真の読書は、この現実界のもろもろの理法を明らかにするだけでなく、この二度とない人生を全的充実をもって生き貫くための力を ・・・
人生を真剣に生きようとしたら、何人も読書というものと、無関係ではありえない。 #運命を創る100の金言 #森信三 さすがに有料の #Evernote です。かなり頻度でアップデートがあると ・・・
私たちは常に神の目から見たら、自分は何点くらいの人間かということを忘れぬようにしたいものであります。同様にまた神の目からごらんになられたら、何点くらいの親かということを常に忘れんことが大切だと思います ・・・
親を軽視するものは、実は己自身をさげすむわけであり、おのが運命を呪うものともいえましょう。それゆえまた親の敬愛するものは、自分自身を敬愛することになり、自己の運命の繁栄律に繋がることを改めて知らねばな ・・・
たらちねの親のみいのちわが内に生きますと思ふ畏きろかも という一首がありますが、つまり親とは無量の祖先の代表者であり、祖先からの血の継承の最先端の一点なわけであります。ですから親を軽視することは、無量 ・・・