ホンモノとニセモノ
Release: 2022/07/19 Update: 2022/07/19
ホンモノとニセモノ
真実なものと、そうでないもの、ホンモノとニセモノとは、平生は一向にその相違は見えなくても、一たん事が起きると、まごうかたなくその相違が現れるものです。そこでホンモノとニセモノとの相違は、かように事が起きるとか、あるいまた永い年月がたつか、そのいずれかによって、必ずはっきりしてくるものです。【416】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
下坐を積むとうようなことは常に意識的に行わないといけませんね。
誰に言われるでもなく自分自身が行っていくことでもあります。
挨拶や靴を揃えることゴミ拾いや常に腰骨を立てることを意識すること。
そうしたことを日々あたり前に行うことが本当に難しい。
これを10年、20年と続けてはじめて少しだけホンモノになれるかもしれませんね。
まずは一歩踏み出してみることは大事です。
やらなければ気持ちが悪いというとこまで継続してみないといけませんね。
関連コンテンツ
そもそも偉人と言われるほどの人間は、何よりも、偉大な生命力を持った人ではなくてはならぬのです。しかもそれが、真に偉人と呼ばれるためには、その偉大な生命力が、ことごとく純化し浄化せられねばならぬのです…
学校のみにたよらず なるほど学校には、学校独特の長所のあることは申すまでもありません。しかしながら、人は決して学校だけで完成されるものではないのです。人間としての深みや味わいは、学校のみにたよらず、常…
優れた師①叱らずして悦服(えっぷく)させる 本当に偉い方というものは、そうみだりに声を荒げたて、生徒や門弟を叱られるものではないのです。第一にその必要がなかろうと思うのです。 大声で生徒を叱らねばなら…
わたくしたちの生涯を決する出会いというものが、大小さまざまに生起しているわけでありまして、「時」や「人」そして「物」さえおろそかにしないところに、リッパな「出会い」に逢着できるものでしょう。 #運命を…
とにかく人間は、「自己を築くのは自己以外にない」ということを、改めて深く覚悟しなければならぬと思います。すなわち、われわれの日々の生活は、この「自分」という、一生に唯一の彫刻を刻みつつあるのだという…