人皆以て堯舜となるべし|9月8日のことです。

Release: 2018/09/08 Update: 2018/09/08
人皆以て堯舜となるべし
人皆以て堯舜となるべし(告子下二章)
ひとみなもってぎょうしゅんとなるべし。(こくししもにしょう)
【訳】
人は皆誰でも堯や舜のような聖人になることができる。
〇松陰は、「聖人とは私欲がすっかりなくなり、心が天の正しい道理そのものになった人物である」との王陽明の教えを引いて、「とすれば、聖人は純金に似ている。それが軽いか重いかの問題は、聖人たる価値とは無関係である。また、聖人のうちにも、軽重の差はある。しかし、純金であることは同じである。ところが、後世の学とは自分を純金にしようとする努力もせず、いたずらに才力・智力だけを大切に考え、知識の獲得にばかり奔走している。これは、将に、鋼や鉄を混ぜて金の目方を重くしようとしているようなものである。だから、学問をすればする程、聖人の道からは遠のいていく。この王陽明の説は実に明白である。それなのに、後世の学徒はそれが分からず、そのあり方、大変嘆かわしいことである」と記している。
9月8日、孟子一日一言の言葉です。
道徳的な教育はやはりまず家庭からなのでしょうが親には反発していても少しは育っているのでしょうか。
このような地震や災害にあった時にはどのように説明すればいいか大変悩みますね。
電気がついた途端にゲームをしようとする。
まだ電気が復旧していない人もいるのだからと我慢させたい気持ちもありますが、自分たちもすぐにスマホの充電をしたりしているし。
実際学校いたりすればちゃんとできているんしょうね。
今日も一日がんばります。
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