命は天意に根ざす|8月11日のことです
Release: 2019/08/11 Update: 2019/08/11
命は天意に根ざす
父母の恩は、生命の根元にさかのぼってこれを与えられた施与の恩と、さらにこれをはぐくみ育てて今日までにしてくれた愛育の恩とひろがる。
しかしこの恩を、さらに深く広く思いをめぐらすと、命は父母から与えられた生んで頂くものであるが、父母とても、自由勝手に生めるものでも与えられるものでもない。
まさに天意の自然に根ざすもので、実は人力ではどうすることも出来ない大生命の賦与にすぎないことがわかる。
8月11日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
これは、根本を考えていくとそうなってしまう。
それが神になったり天になったり。
両親、その先祖、またその先祖。
なんで人間や地球という星があるのか。
そんなことを考えていくと神の演劇の中にいるんだろうな~と思います。
何十億人の人が自分の中の宇宙をもっている。
一人の人間の宇宙など小さいものですね。
そうなるとここにいられるだけでありがとうとなりますね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
関連コンテンツ
或る青年が、採用試験を通らなかったというので、何か心得はないか、ということであった。私は受験の心得を一通り話した後、「一日一回、今までしないことを毎日実行しつづけるがよい」と申した。 青年は、直ちに実…
大自然を味わう 人の世のすべては、自分の鏡であり、さらに草木も、鳥獣も、自然の動きも皆、わが鏡であることが判ってくる。 作物も、家畜も、わが心の生活をかえれば、その通りに変わっていゆく。 私をとりまく…
好ききらいせぬこと 物は、もともと与えられぬもの。 秋の収穫、漁の大小、すべて喜ぶ。 仕入れの出来た商品(仕入れまで選択し、すこしでも良いものを得ようと努力することは、当然である)、これこそ天下一品の…
やまとおのことは およそわが身辺に起伏する雑事については、心を微動だもさしてはならぬ。明鏡のごとき不動心を堅持して、泰然として山のごとくではなくてならぬ。 しかしながら、事いやしくしておおやけのこと、…
仏教の修行に出家して行脚、托鉢するのは、すべての物質を捨て欲望をはなれたとき、人は自然に養われるもの、そこにかえって自由の天地がうち開けることを、悟るためであろう。 昔の修験の行者が、山に寝、野に伏し…