常住捨て身の生活
Release: 2022/02/14 Update: 2022/02/14
常住捨て身の生活
人間の誠も、いい加減に構えているような無力な生活態度ではなくて、真の全力的な生命がけの生活でなくてはならぬのです。否、全力的な生活などということさえ生温いのです。
真の誠は、わが身、わが心一切を捧げ切る常住捨て身の生活以外の何者でもないのです。【254】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
誠ということになると実に普通であったはいけないということが感じられます。
燃やすということは実際そんな感じなんでしょうね。
自分の我を捨てていくことは非常に難しいことです。
まずは小さな一歩をコツコツと積み重ねる他にないような気がします。
その時その時に感じることが違う本というのは実に興味深いものと今日は考えてしましました。
なるほど。

関連コンテンツ
生への感謝 われわれ人間は自分がここに人間として生をうけたことに対して、多少なりとも感謝の念の起こらない間は、真に人生を生きるものとは言いがたいと思うのです。【19】 #修身教授録一日一言 #森信三…
無限の井戸 力というものは、一たんその気になり、決心と覚悟さえ立ったら、後からあとから無限に湧いてくるものです。 それはちょうど、井戸に湧く水のようなもので、もう汲み出してしまったと思っても、いつの間…
「報徳記」と「夜話」に学ぶ 極端に言えば、小中学校では尊徳翁の「報徳記」と「夜話」とを読ませれば、修身書はいらぬとも言えるほどです。教科書を躬をもって突き抜けていくだけの信念がなくては、何を言っても無…
無礼講 人間の地金は、お酒の席でよく分かるものです。いい年をしながら、宴会を無礼講だなどと考え違いをして、勝手のいい放題をしているようでは、人間も一生浮かばれないんですネ。【137】 #修身教授録一日…
真の読書というものは、いわばその人がこれまで経験してきた人生体験の内容と、その意味を照らし出し統一する「光」といってもようでしょう。だから、せっかく、深刻な人生経験をした人でも、もしその人が平生読書を…