第四十六夜 双方に利のある方法をとる

Release: 2025/07/04 Update: 2025/07/04

 ある村に名主が横領したというので、村中の者が寄り集まって口の達者な者に頼んで訴え出ようと騒ぎだした。

 ワシはその村のおもだった者、二、三を呼んで「どのくらい横領したのか」とたずねてみたんだ。

 「米二百俵余りになる」という答えであったんだ。ワシは言ってやった。

 「二百俵の米は少なくないが、金にかえれば八十円だ。村民九十戸に割れば一戸九十銭足らずとなり、村高で割れば一名あたり八銭となる。ところが、名主や組頭は持高が多いし、この他にも十石以上の所有者は三十戸ばかりあるだろう。ほかの者たちは三石か五石で無高の者もあるんだ。これらの者は横領分が戻ってきても取り分はなく、たとえあっても僅かな金だ。それをこんなに騒ぎ立てては大損ではないのか。

 それにこの事件について確証があったとしても、地頭や用役と関係があるというんで、たやすくは勝てないだろう。たとえ勝ったとしても経費は莫大となり、寄り合いのひまつぶしや、めいめいの内々の損まで計算すれば大損となることは目に見えているな。なぜなら、まだ出訴しないうちから、たびたび寄り合い、下調べなどのために費やした金は少なくない。

 そのうえ、彼は昔から名主なんだ。これを辞めさせてあとの誰を名主にするんだ。ワシが見たところ、これという人物は見当たらぬ。ここはよくよく考えねばならんことだ。

 そこでだ、今後は絶対に横領できないような方法を立てて、すべて通帳で取り立てるようにそ、役場の記帳方法も改正してやるから、できれば名主はそのままにしておくのがよいだろう。そのままにするなら名主の給料を半分にして、その半分を村に出させるのだ。また、横領米の弁償方法については、ワシに別の工夫がある。

 某所の荒れ地はここの場所から水を引けば水田になるぞ、そこの共有地約二町歩は良田とすることができるんだ。こっちをワシが開拓してやるから、この訴訟はやめることにして、そのかわり開拓工事にでて賃銀をとることにしなさい。寄り合いをするひまに共同耕作すれば、秋には七、八十俵の米は間違いなく穫れる。来年秋には八、九十俵、再来年には百俵も穫れるだろう。その三年間はみんなで分配し、四年目から開拓料の返済にかかればよい。返済が全部すんだら、あとは長く土台用地としての運用方法をきめて、やってけばよい」とていねいに言い聞かせてやった。

 やがて村一道が了承したという報せがあった。

 そこでワシは自分から集合場所へ行き、説得にしたがったことを誉め、酒や料理を出した上で、その開拓は明朝からとりかかり、賃銀はこれこれの額を支払う、遅刻せぬようにせよ、と言ってやった。一同は感謝しよろこん散会した。名主も五年間無給で精勤したと申し出た。ワシは一村にとっての大難をわずかの金で買い取ることができた。安いもんだ。

 このような災難があったら、お前たちも早く買い取るがよいぞ、一村が修羅場におちいるはずのところを一挙に安楽国に引き止めたんだから、高徳の僧の功徳にもまさろう、よかったよかったと、うんと喜んだもんだ。ワシが金銭を投じ、金を貸して、紛争を解決したことは、数えきれぬほどあったが、これも、その一例というわけだ。(二一九)

二宮翁の話を読むと、問題解決の真髄を教えられる。村の名主が米二百俵を横領したと訴える村人たちに、翁はただ糾弾するのではなく、冷静に問い直した。取り戻せても一人当たりわずかな金額。訴訟費用と労力を考えれば大損であることを示し、さらに「ではどうするか」という建設的提案を出す。

荒地を開拓して収穫を得ること。名主には無給で奉公させ、村人には賃金と実りを分配する仕組みを作った。争いではなく、村全体の未来に力を注ぐ。その視野の広さと実行力は、経営の問題解決にも通じる。

過去を責め立てるよりも、未来を創り出す。損得だけでなく、誰もが納得する「次の一手」を打つ。こうした智慧と胆力を、私も養っていきたいと思う。

#二宮翁夜話

#二宮金次郎 #二宮尊徳

#読書感想文

#読書記録

#旭川

#旭川市

#KindleUnlimited

#Kindle_Unlimited

#kindle

created by Rinker
¥10,780 (2025/07/03 14:18:45時点 楽天市場調べ-詳細)
HOME


関連コンテンツ


コメントはお気軽にどうぞ

メールアドレスは公開されません。
また、* が付いている欄は必須項目ですので、必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください