趙孟―貴くする所・之れを賤しくす|9月2日のことです。
Release: 2018/09/02 Update: 2018/09/02
趙孟―貴くする所・之れを賤しくす
趙孟の貴くする所は、趙孟能く之れを賤しくす。(告子上十七章)
ちょうもうのとうとくするところは、ちょうもうよくこれをいやしくす。(こくしかみじゅうななしょう)
【訳】
(晋の大臣)であった趙孟が(爵位を授けて)貴くした者は(自分勝手にそれを取り上げて)、低い地位にも落とすこともできた。
〇松陰は、「心ある立派な男子は自立していなくてはならない。他人によって自分の価値が上がったり下がったりするということは、深く恥じるところである」と述べ、「この章の主旨は、人々に、貴いもの、すなわち天爵が自分の中に存在していることを自覚させたい、ということである」と記している。
9月2日、孟子一日一言の言葉です。
人からの評価によって自分の価値が変わるということはない。
自分自身がしっかりと天爵を自覚していればいんだということでしょうね。
天爵(生まれつきにもっている徳)、人は生まれた時から徳をもっている。
生きて生まれるというだけで徳があるですから。
今日も一日がんばります。
関連コンテンツ
一朝の患なきなり 自ら反して忠なり、其の横逆由ほ是くのごとくなれば、君子は曰はん、(中略)此れ亦妄人なるのみ、此くの如くんば則ち禽獣と奚ぞ撰ばん、禽獣に於て又何ぞ難ぜんと。是の故に君子は終身の憂ありて…
夫れ物の斉しからざるは物の情なり。(滕文公上四章) それもののひとしからざるものはじょうなり。(とうぶんこうかみだいよんしょう) 【訳】 そもそもどんなものでも違いあって同じではないということは、もの…
覇者の民―驩虞如・王者の民ー皥々如 覇者の民は驩虞如たり。王者の民は皥々如たり。(尽心上十三章) はしゃのたみはかんぐんじょたり。おうじゃのたみはこうこうじょたり。(じんしんかみじゅさんしょう) 【訳…
王者の師 王者起こるあらば必ず来りて法を取らん。是れ王者の師たるなり。(滕文公上三章) おうじゃおこるあらばかならずきたりてほうをとらん。これおうじゃのしたるなり。(とうのぶんこうかみさんしょう) 【…
其の招きに非ざれば往かざるを取れるなり。其の招きを待たずして往くが如きは何ぞや。(滕文公下首章) そのまねきにあらざればゆかざるをとれるなり。そのまねきをまたずしてゆくがごときはなにぞや。(とうぶんこ…