道を同じうす|6月15日のことです。

道を同じうす
禹・稷・顔回同じうす。(離婁下二十九章)
う・しょく・がんかい、みちをおなじゅうす。(りろうしもにじゅうきゅうしょう)
【訳】
禹・后稷・顔回は行ったことは(表面上はちがっていたが)、その根本は皆同じである。
〇松陰は、「『道を同じうす』という言葉にとらわれると、却って自分の出処進退(身の処し方、振り方)を誤る場合がある。その主因は私心である。私心さえ除き去れば、正しい生き方が可能となる」と記している。
6月15日、孟子一日一言です。
太平でも乱世でも同じことを考え実行している。
禹・稷とはどんな人だったのでしょうか。
ググってみるとこんな感じでした。
【禹】
禹は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。名は文命、諡号は禹、別称は大禹、夏禹、戎禹ともいい、姓は姒、夏王朝創始後、氏を夏后とした。
【后稷】
中国、周王朝の始祖とされる伝説上の人物。姓は姫き、名は棄き。母が巨人の足跡を踏んでみごもり、生まれてすぐに棄すてられたので棄という。舜しゆんにつかえて人々に農業を教え、功により后稷(農官の長)の位についた。
【顔回】
孔子の一番弟子。
3人はなぜ同じなのか。
きっと仁を貫き義を通した人物ということなんでしょうか。
私心とは欲のことだと思いますが正しいことを求める欲もありますね。
難しいすが、考えることが私には必要なんでしょう。
今日も一日がんばります。