生之れを性と謂ふ|7月30日のことです。
Release: 2018/07/30 Update: 2018/07/30
生之れを性と謂ふ
生之れを性と謂ふ(告子上三章)
せいこれをせいという(こくしかみさんしょう)
【訳】
(告子がいった)「もって生まれたままのものが人間の本性である」と。
〇松陰は、告子のいう「性は猶を杞柳のごとし」「性は猶湍水のごとし」及びこの「生之れを性と謂ふ」について、朱子の註の一部を取り上げ、「これらの意味するところは、人の本性は善、不善の区別があるというこではなく、どちらもすることができるということである。朱子が「生之れを性と謂ふ」という言葉について、これが告子の間違いの根本であると説いているのは、非常にすぐれた意見である。人が性善であるという意義を理解するには、精緻な思索が必要である」と記している。
7月30日、孟子一日一言の言葉です。
人それぞれに考えがあるのですから自分の考えをもつことはとても大事ということでね。
生まれる時は全くなにも染まっていない。
染まっていない人は善でも悪でもない。
何が正解ということはないんでしょうね。
今日も一日がんばります。
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