苦難を迎える心|8月5日のことです。
Release: 2018/08/05 Update: 2018/08/05
苦難を迎える心
苦難には、それぞれ原因がある。その原因は、すぐに自分で処置できることと、自分でどうにもならぬこととがある。
それが、苦難に出会った時、驚いたりきらったり恐れたりすると、目がくらんで―心がにぶって―その原因もわからずに、打つ手が皆まちがい、苦難はいよいよつのって来、身は深みにおちていく。
たとえ苦しみの原因はわからなくても、平気で楽しんでこれを迎える心でいると、間もなく苦痛は消えてしまう。夕立の晴れるように。
8月5日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
苦難を迎える心を養う。
それはなかなか簡単ではないですね。
苦難がない時にこういう言葉にもなかなか出会わないものです。
でも人生ですから大きい小さいにかかわらず必ず苦難はやってきます。
そのことから学習するしかなんですねきっと。
対して苦労も苦難もない人でも今この言葉にであった場合は平気で楽しんで迎えるということを覚えておくのもいいと思います。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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