親の恩|12月9日のことです。
Release: 2018/12/09 Update: 2018/12/09
親の恩
愛育の恩とか、教育の恩とか、生み育てた恩、これが父母の恩であるが、それが自然のうちに行われるので、恩の感じがしない。何十年も同じ家に住み、共に健康で、苦しみに出逢ったことなどない親子の間には、殆ど親子としての意識がない。
親の恩は、親が亡くなって初めてしみじみ感ずるという。苦しみによって初めて人は、人らしい意識の自覚を得る。
親に対する恩の自覚も、これに対する報恩の生活(孝行)も、実は苦難という人生必須の妙宝によって世にあらわれたことは、いみじき現象である。
12月9日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
苦難が無いと、気づかない。
気づくため行動を起こさせるための苦難なのでしょうか。
近くにいても何もしてあげられない。
親が調子が悪くなって初めて気づく。
難しいものです。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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