食事の意義|2月15日のことです。
Release: 2019/02/15 Update: 2019/02/15
昔から食卓は、一家だんらん、愛和の中心でありました。
食事を整える側の方々は、一度の料理がどのように大切なものであるか深く心にとめていただきたい。
心から御飯をたいて、最新の注意をして副食物を作るようになり、そのために、一家が急に明るくなったことや、事業が好転してきたという体験は、めずらしくありません。
それは、まことのこもった食事のために、しなびかかった生命が生き返ったからであります。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)、2月15日のことです。
食事に気を使っているでしょうか。
家でも食事はとても大事というのはごもっともです。
食べ物で出来ている体ですか。
そういうことの意識が薄れてうまいものを食べる。
きっと食事にも昔ながらの基本がある。
今はしなびがかっているかもしれません。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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