余分の物を持たない|3月3日のことです。
Release: 2019/03/04 Update: 2019/03/04
余分の物を持たない
ウグイスを見て思うのであるが、一日どれだけのものを食うのであろう。コオロギ、キリギリスに甘露をなめさせたら、いったいどれだけなめるのであろう。チョウチョウ等は、ほとんど何も食わぬように見えるが、何日かの命を保って、美しく舞い、楽しく謳っている。
人間も、余分の物を持たず必要なだけで暮らしていけば、たいして物はいらぬである。こういったとて、物質文化を否定して、物が不要だというのではない。いまはどんなに乏しくとも、びくびくせぬ心境をいうのである。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)、3月3日の言葉です。
だいぶ余分なものを持っているかもしれませんね。
実際はそんなにものがいらないのに。
子供の成長とともにいらぬものの多さに気付く。
断捨離も必要ですね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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