まず自ら顧みる
Release: 2022/05/14 Update: 2022/05/14
まず自ら顧みる
すべて人間というものは、目下のものの欠点や足りなさというものについては、これをとがめるに先立って、果たしてよく教えてあるかどうか否かを顧みてみなくてはならぬのです。したがって見下の者の罪を咎め得るには、教えて教えて、なおかつ相手がどうしてもそれを守らなかった場合のことです。【480】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
実際しっかり教えていない。そうかもしれませんね。
まだまだ、ちゃんと筋道を通して理解できるように教える側が教えていない。
まずは、ちゃんとマニュアルをつくり仕組みにすることが根本大切なんだと思います。
それもしっかりとやらないでやれやっていないとか遅いだとか言っても仕方のないことなのです。
自分をしっかりと顧みてその辺が出来ている状態で何度も教えて初めて咎めるということにならねばなりませんね。
教えて教えて、本人が気づき改善してもらうのが一番良さそうです。
関連コンテンツ
十年一道に歩む 世には、十年一道の一道を歩む人は少ない。ましてや二十年、三十年、一道の道を歩き通す人は稀である。恐らく百人中、二、三人しかあるまい。いわんや、五十年一道を歩むに至っては、千人中二、三人…
わたくしたちの生涯を決する出会いというものが、大小さまざまに生起しているわけでありまして、「時」や「人」そして「物」さえおろそかにしないところに、リッパな「出会い」に逢着できるものでしょう。 #運命を…
下座を行ずる② 世間がその人の真価を認めず、よってその位置がその人の真価よりはるかに低くても、それをもって、かえって自己を磨く最適の場所と心得て、不平不満の色を人に示さず、わが仕事に精進するのでありま…
理論を真の力に高める そもそも人間というものは、単なる理論だけで立派な人間になれるものではありません。理論が真に生きてくるのは、それが一個の生きた人格において、その具体的統一を得るに至って、初めて真の…
私は、人生の真の出発点は、志を立てることによって始まると考えるものです。古来、真の学問は、立志をもってその根本とすと言われているのも、まったくこの故でしょう。人間はいかに生きるべきか、人生をいかに生…