苦しみのものとは「我」
Release: 2022/08/23 Update: 2022/08/23
苦しみのものとは「我」
同じく人生でありながら、一方はこれを妙味津々として見る人もあるかと思えば、他方には、これを苦しみの連続と見る人もあるのは何故でしょうか。これはマァ色々と考え方もありましょうが、一面から申せば、この人生が苦の世界と見えるのは、畢竟はまだ自分の「我」が引っ掛かっているからでしょう。【461】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
どう考えるかで人生も変わる。
我というものは無くなることのないものだとも感じます。
感情というものはそう簡単でもないし、普段から気をつけていても人たび自分に降りかかる事柄になった場合には出てしまう。
凡人はこの我を抱えながら生きるのですが時々で気づくことは大事なことです。
難しいことはたくさんおきるものです。
それも自分の我が問題であると認識できなければ、人のせいばかりするようになりそうです。
関連コンテンツ
私もまた諸君らと共に、生を教育に求めつつある一人であります。すなわちこの二度とない人生において、自己の魂の道を、教育という一道において、真に安心立命のできる境涯に達しなければならぬと思うのです。 修身…
ペスタロッチーの言葉 「苦しみに遭って自暴自棄に陥るとき、人間は必ず内面的に堕落する。・・・同時に、その苦しみに堪えて、これを打ち越えたとき、その苦しみは必ずその人を大成せしめる」【231】 #修身教…
プラス・マイナスは裏表 人生の事すべてプラスがあれば必ず裏にはマイナスがあり、表にマイナスが出れば、裏にはプラスがあるというわけです。実際神は公平そのものですが、ただわれわれ人間がそうと気付かないため…
「生き甲斐のある人生の生き方」とはどういうのかと考えますと、結局それは、 一)自分の天分をできるだけ十分に発揮し実現すること、 二)今ひとつは、人のために尽くす というこの二か条で一応は十分と言えるで…
親を軽視するものは、実は己自身をさげすむわけであり、おのが運命を呪うものともいえましょう。それゆえまた親の敬愛するものは、自分自身を敬愛することになり、自己の運命の繁栄律に繋がることを改めて知らねばな…