精神の死
Release: 2022/09/26 Update: 2022/09/26
精神の死
人間も、読書をしなくなったらそれは死に瀕した病人が、もはや食欲がなくなったのと同じで、なるほど肉体は生きていても、精神はすでに死んでいる証拠です。ところが人々の多くは、この点が分からないようです。【356】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
そういう意味では昨日は食物を欲しないだめな一日を過ごしてしまったわけですがいろいろと注意すべき点に気づいた訳です。
一日無駄にしようと思って行動するわけではないのですが、自分の体調というものが健康であるかどうかということがわかっていないようではどうにもならない訳です。
やはり精神と体の関係も見逃す訳には行きません。
毎日の積み重ねがいかに大事なことかを今一度認識した一日でありました。
読書にあてる時間も管理が必要です。
ルーティンをこなせないような体調では残念な限りです。
しっかりと体を整えていく必要があります。
後半戦がんばります。
関連コンテンツ
人生の分水嶺 人間も、三十五歳から四十歳にかけては、人生を二等分する分水嶺ともいうべき年齢であって、人間も四十の声を聞けば、かの一葉落ちて天下の秋を知るというように、落莫たる人生の秋風を身に感じ始める…
真の一道 真の一道が開かれるのは、かくして起ち上がった自己の内なる醜い我見をえぐり出して、かくして浄められた自己の全心身を、己がつとめに対して、投げ込み捧げ切るところ、そこに初めて開かれてくるのであり…
人間的価値の根本 人間の人格的な価値というようなものも、その人が、かようかようのことをしたとか、言ったとかいうことよりも、そうした見えるものを越えて香る気品の床しさこそ、その根本はあるといえましょう。…
真の志 真の志とは、自分の心の奥底に潜在しつつ、常にその念頭に現れて、自己を導き、自己を激励するものでなければならぬのです。書物を読んで感心したり、また人から聞いて、その時だけ感激しても、しばらくたつ…
愛するということは、元来「相手のために自己を捧げる」という意味がこもっているのです。いかに辛いことでも相手のためにそれを我慢し、さらには耐え忍ぶという所がなくては、真に愛してているとは言えないわけです…