空気の濁りに気付く
Release: 2022/11/25 Update: 2022/11/25
空気の濁りに気付く
教師というものは、とくに冬向きになったら、、教室の空気がどの程度濁っているかということが、点数でピシリと言えるようでなければいけないのです。この教室の空気は、今日はまず六十点くらいのものです。教師として教室の空気の濁りに気付かぬというのは、その精神が緊張を欠いている何よりの証拠です。【501】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
毎日同じことを繰り返しやることによってそういうことも感じられるようになるのでしょうね。
なんとなく湿っているような日とか乾燥している日とかいろいろありますが、会社の空気も感じなければ、仕事人としては半人前なのでしょうね。
そういうことを意識できるというのはすがすがしさも感じます。
自分の心の状態が何点なのかということも大事かもしれません。
自分の機嫌は自分で整えるわけですが、そうには客観的に点数をつけることがいいかもしれません。
さしあたり今日の点数は何ページよんで心に沁みるかということで点数をつけたいと思います。
一日の充実は簡単なことではありませんね。
関連コンテンツ
気分とは妙なもの 人間の気分とうのは妙なもので、一杯いや半杯のご飯でも、その足りないことを他人のせいにしている間は、なかなか我慢しにくいものです。ところが心気一転して、「どの程度こらえることができるか…
われわれ人間は一生のうちに、少なくてとも三度偉人の伝記を読むべき時期があると思うのであります。そしてその第一は、小学校の五・六年から中学。高校時代に掛けての時期であり、第二は、三十代の前半から後半に掛…
批判的態度 人間は批判的態度にとどまっている間は、その人がまだ真に人生の苦労をしていない何よりの証拠だとも言えましょう。もちろんその人の性質にもよることですが、とにかく自分は懐手をしていながら、人の長…
偉大なる教育者 真に教育者の名値するような人々は、超凡の大志を抱きながら、色々と世間的な事情によって、それを実現するによしない立場に立たされた人傑が、現実的にはそれを断念すると共に、そうしても自分の志…
慈雲尊者は、大阪の中の島で生まれられ、あの阪和の南田辺の駅の東にある田辺の法楽字で僧となられ、ついでに大軌沿線の高井田の長栄寺の住持となられ、四十前後の頃には、あの生駒の中腹に棲まれたこともあり、晩年…