三年の外|3月25日のことです。
Release: 2018/03/25 Update: 2018/03/25
孔子没するや、三年の外、門人任を治めて帰らんとす。(滕文公上第四章)
こうしぼっするや、さんねんののち、もんじんにんをおさめてかえらんとす。(とうぶんこうかみだいよんしょう)
【訳】
孔子が亡くなられた時には、門人たちは三年間、心の中で喪に服し、それからそれぞれが荷物をまとめてふるさとへ帰ろうとした。
〇松陰は、孔子と門人たちの師弟関係を称賛し、一転して、当時の我が国の師弟関係を「師道敗壊(壊れ崩れている)と断じている。そして「師道を興そうとするのであれば、簡単な気持ちで人の師となるべきではなく、人を師とするべきではない。本当に教えるべきことがあって初めて師となり、また、本当に学ぶことがあって初めて師とするべきである」と記している。
孟子一日一言、3月25日の言葉です。
幕末で崩れているとしたら今の崩れようはないかもしれません。
学校の先生は師となる人でありますが、子供たちは選ぶことはできません。
少子化の今、子供たちをいかに育てていくかは重要なことです。
しっかりと共に学ぶ精神でいっていただきたいと思います。
今日も一日がんばります。
関連コンテンツ
尹氏曰く、言ふこころは君子の辞受取予は唯だ理に当たるのみと。(公孫丑下三章) 【訳】 尹氏がいっている。「(孟子が)いいたいことは、心ある立派な人が他者から物を受け取るかの基準は、それが道理にかなって…
良能・良知 人の学ばずして能くする所のものは、その良能なり。慮らずして知る所のものは、其の良知なり。(尽心上十五章) ひとのまなばずしてよくするところのものは、そのりょうのうなり。おもんばからずしてし…
利は善との間なり 鶏鳴きて起き孳々として善を為す者は舜の徒なり。鶏鳴きて起き孳々として利を為す者は蹠との分を知らんと欲せば、他なし、利と善との間なり。(尽心上二十五章) けいなきておきししとしてぜんを…
我に従へ② 国家を治むるに至りては則ち姑く女が学ぶ所を舎きて我れに従へと曰はば、則ち何を以て玉人に玉を彫琢するを教ふるに異ならんやと。(梁恵王下九章) こっかをおさむるにいたりてはすなわちしばらくなん…
仕ふるは貧の為に非ざるなり 仕ふるは貧の為に非ざなり。而れども時ありてか貧の為めにす。(中略)貧の為めにする者は、尊を辞して卑に居り、富を辞して貧に居る。(万章下五章) しかうるはひんのためにあらざる…