第三十三夜 円の字
Release: 2025/06/13 Update: 2025/06/13
九の字に点を一つ加えて丸の字をつくったのは面白いな。〇というのは、つまり十なんだ。十はとりもなおさず一ということになる。
元旦やうしろに近き大晦日
というワシのつくった俳句があるが、これも十はつまり一という意味なんだ。禅の言葉の中にこれに似たものが多いよ。この俳句の「うしろに近き」を「うしろを見れば」とすれば、いっそうおもしろいかもしれんぞ。(二一六)
「九に一点加えて丸をつくる」という遊び心に、禅の深さがにじむ。〇は十、十は一。すべてのはじまりと終わりが円のように連なっているという意味だろう。
年のはじめと終わり、大晦日と元旦は、実は地続きの「一つ」だ。分けているのは人の認識であって、自然の営みには境などない。
「後ろを見れば元旦」という俳句の趣向もまた、視点を変えればまったく別の景色が見えることを教えてくれる。
経営においても、区切りや節目を意識しつつ、その連続性を忘れてはいけない。終わりは次の始まりであり、ひとつの点をどう結ぶかが円を描く鍵になるのだと思う。
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