二度とない人生を⑧

「立腰道」の究極は、「丹田の常充実に」にあり。
「未発の中」ともいうべきか。
「腰骨を立てること」は、一語に要約して。「立腰」と言われます。「丹田の常充実」とは、丹田しなわち下腹部に、常時、内在力が充実した状態を言うのですが、これはなかなか、私にとって、至難のことです。
野球や相撲の解説者がよく言う言葉ですが、つい不知不識のうちに、頭や肩に力が入りすぎてしまいがちです。森先生が、八十歳をしてなお凛然とされていた昭和五十八年ごろ、元旦試筆としてお書き下さった「丹田常充実」の輝毫を掲げ、日常の心がけとしています。
「未発の中」とは、「大学」か「中庸」か忘れましたが、中国の古典にある言葉で、形となって発揮される以前の、蓄積せられた気のエネルギーを指しております。「中」とは、中間という意味ではなく「中」とはアタルということで、適時適所、応変自在の対応力を意味する言葉です。こうした丹田力を自在に発揮した大人物は勝海舟で、「氷川清話」の一読をお勧めいたします。
丹田常充実を実行するのは、実際容易なことではありません。 意識していないと、すぐに力が抜けてしまいます。 姿勢の問題は、特にパソコンの前に長時間座る仕事をしている人にとって、常に考えなければならない課題です。
30年もこのような生活を続けていると、どうしても体の重心が偏り、私の場合は左に傾いた姿勢が定着してしまいました。 意識して体を起こし、胸を張るようにしないと、背中が丸まっていくばかりです。 「腰骨を立てる」「丹田を充実させる」ということは、単に姿勢を正すというよりも、心を中心に据えることなのかもしれません。
先生の言われる「未発の中」とは、まだ形にならない内なる力のこと。 その力を養うには、毎日のわずかな時間でも自分の姿勢を見直し、心身を整える習慣を持つことが大切だと感じます。 慣れてくれば自然に身につくものなのかもしれませんが、まずは“気づいたときに立腰する”ことから始めたいと思います。
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