生活の鍛錬
  Release: 2022/12/24  Update: 2022/12/24
生活の鍛錬
このようなことは、またわれわれ人間の世界についても言えるようであります。すなわち一人の優れた人格というものは、決して生やさしいことでできるものではありません。その人が、現実生活においてなめた苦悩の一つひとつが、その人を鍛えて、その人から生なところを削りとっていくわけです。すなわち生活の鍛錬が、その人からすべての甘さを削りとっていくわけです。【406】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新 
ようやく再開できる時期にきましたね。
生活の鍛錬ということが出る日々でしたね。
先が見えない数週間前から昨日の終了。
やれば何とかなるものです。
終わる様子も感じられない時の心模様と今とではすごい気持ち差があるものです。
やはり分散というようなことを常に考えているわけですがそういう考えを捨てるというのもいいかもしれません。
集中して行うことで違う世界が感じられます。
 
関連コンテンツ
 
  
  
    知りにくい自己を知る お互い人間というものは、自分の姿が一ばんに見えないものであります。したがって私達の学問修養の眼目も、畢竟するに、この知りにくい自己を知り、真の自己を実現することだと言ってもようで…
  
 
 
 
 
  
  
    人間は井戸のようなもの 人間の力にはそれぞれ限度があるとも言えますが、同時にまた側面からは、再現がないとも言えるのです。 それはちょうど井戸水みたいなもので、なるほど一方には、水のよく出る井戸もあれば…
  
 
 
 
 
  
  
    とにかく人間は、「自己を磨くのは自己以外にない」ということを、改めて深く覚悟しなければならぬと思います。 すなわち、われわれの日々の生活は、この「自分」という、一生に唯一の彫刻を刻みつつあるのだという…
  
 
 
 
 
  
  
    精神の死 人間も、読書をしなくなったらそれは死に瀕した病人が、もはや食欲がなくなったのと同じで、なるほど肉体は生きていても、精神はすでに死んでいる証拠です。ところが人々の多くは、この点が分からないよう…
  
 
 
 
 
  
  
    齢を尊ぶ 松陰先生は、人間にして爵の尊さを知って得の尊さを知らないものは、その愚かなことはいうまでもないが、しかし徳の尊さを知って齢の尊ぶべきを知らないものは、未だ真の人物とは言いがたいということを、…