精神の死
Release: 2022/09/26 Update: 2022/09/26
精神の死
人間も、読書をしなくなったらそれは死に瀕した病人が、もはや食欲がなくなったのと同じで、なるほど肉体は生きていても、精神はすでに死んでいる証拠です。ところが人々の多くは、この点が分からないようです。【356】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
そういう意味では昨日は食物を欲しないだめな一日を過ごしてしまったわけですがいろいろと注意すべき点に気づいた訳です。
一日無駄にしようと思って行動するわけではないのですが、自分の体調というものが健康であるかどうかということがわかっていないようではどうにもならない訳です。
やはり精神と体の関係も見逃す訳には行きません。
毎日の積み重ねがいかに大事なことかを今一度認識した一日でありました。
読書にあてる時間も管理が必要です。
ルーティンをこなせないような体調では残念な限りです。
しっかりと体を整えていく必要があります。
後半戦がんばります。
関連コンテンツ
凝り性と意地 凝り性というのと意地というのとでは、必ずしも同じものとは言えない。それというのも凝り性というものは、自分の勉強なりその他何でも、自分の仕事に打込むことであるのに対して、意地という方は、そ…
古来偉人は、すべて自分の置かれた境遇に於て立派に生きている。世間的な地位は天命ゆえ、それぞれの地位に安住して悠々とわが道を拓かねばならぬ。 運命を創る100の金言 偉人という人はどこかで何かを悟った人…
学問修養には気魄を要す 古人の学と言えば、必ず聖人たらんことを志したものです。しからば今日われわれ日本人として、いやしくも学問修養に志す以上、われわれのもつ偉大な先人の踏まれた足跡を、自分も一歩なりと…
実際だらりと間の延びた返事を、しかも二度三度呼ばれて初めてするようなことでは、まったくその人柄の程が分かるというものです。つまり真面目に事にあたる気持ちのないことは、言わずして明らかだからです。 …
「一日の一生の縮図なり」というのは私の信条だ。一生は過ぎ去ってみないことにはわかりっこない。だが、自分の一生がどうにかなりそうかということは、いまのうちに見当をつけなくてはいけない。そしてその見当を見…