二度とない人生を⑤
「死」は人生の総決算である。肉体の朽ち果てた後に、なお残るものは、ただ、肉体が動いている間い為した真実のみである。 徳川時代三百年の間で、いちばん有名な詩人の頼山陽が、十三歳になった正月に、「十有三春 ・・・
「死」は人生の総決算である。肉体の朽ち果てた後に、なお残るものは、ただ、肉体が動いている間い為した真実のみである。 徳川時代三百年の間で、いちばん有名な詩人の頼山陽が、十三歳になった正月に、「十有三春 ・・・
「死」の徹見即「生」の充実。 「死」の絶望にボールを投げつけ、そのはねかえる力を根源的エネルギーとし、日々を真剣に生き抜くべし。 この言葉は、「人生二度なし」の内容をより具体的に象徴的に説かれたもので ・・・
人はすべからく「終生の師」をもつべし。真に卓越せる師をもつ者は、終生道を求めて留まることなく、その状、あたかも北斗星を望んで航行する船舶の如し。 森信三先生は「人生形成の原理」として(一)素質(二)逆 ・・・
「信」とは、人生いかなる逆境をも、神仏からわが為に与えられたものとして、回避しない「生」の根本態度をいう。 先生の名言の一つとして、「逆境は神の恩寵的試練なり」とありますが、本項はこの短言名句の解説に ・・・
「人生二度なし」-この根本認識に徹するところ、そこにはじめて叡智は脚下の現実を照らしそめると云ってよい。 現代の覚者と呼ばれ、稀代の哲人と称された森信三先生に対して、先生の根本信条は何かと問われると、 ・・・
ワシが長い間考えてきたことだが、神道は何を道とし、どこが足りない点か、儒教は何を教えとし、何が長所で何が短所か、仏教は何を教えのもととし、その長所、短所はどこか、と比較してみたが、それぞれ短所がある ・・・
鐘には鐘の音があり、鼓には鼓の音があり、また笛には笛の音がる。音はそれぞれ違うが、音であることは同じだ。ただ物にふれての響きが異なっているだけなんだ。 これを別々の音であると思うのを仏教では迷いと ・・・
ある村に名主が横領したというので、村中の者が寄り集まって口の達者な者に頼んで訴え出ようと騒ぎだした。 ワシはその村のおもだった者、二、三を呼んで「どのくらい横領したのか」とたずねてみたんだ。 「 ・・・
「私は借金が千円あるんですが、貸し金も千円あります。どうしたらいいでしょう」という者があったので、ワシはこう答えてやった。 「これは大変おもしろいことだ。あんたが借り方に向かって言う気持ちで貸して ・・・
仏教では悟道という。これはなかなか面白い考え方だが、一面、人道を害することがあるんだな。 それはたとえば、生者必滅(生きてるものは必ず死ぬ)、会者定離(会えば必ず別れる)というように、その本源を表 ・・・