二度とない人生を⑳

お互い人間の悩みは、すべて比較より生ずる。
さればひと度比較を絶した世界へ躍入せんか、人は初めて天地の間に卓立して、所謂天上天下唯我独尊の境涯となる。
「一切の悩みは、比較より生ずる」という、先生の短語に接して目の覚めるような思いに打たれたことを、私自身今思い出します。とりわけ若い日の悩みは、賢愚・優劣の比較相対の世界にのみ跼蹐して、あげくの果て劣等感にさいなまれた日の苦々しさを、忘れることはできません。
今も完全に払拭し得たとは思いませんが、そのたびに、この一語を思い浮かべ、心の平静をとり戻すという凡愚のありさまです。
現実界というのは、比較によって生ずる相対評価の世界でありますので。悩みのタネは尽きませんが、その相対界にあっても、ひとたび比較をこえた絶対評価の世界を味わいと重ねるにつれて、あるがまま、あるがそのままの如是相が、そのままに光り輝く世界、すなわち「ありがたやからすはからす、さぎはさぎ」という安心立命の境涯になり得ましょう。
私は本当に「比較の世界の人間」だとつくづく感じます。 現実の社会は常に比較の中で成り立っており、どうしてもその枠から抜け出せないものです。 何でも比べるのが当たり前になってしまい、気づけば自分もその流れの中で生きている。 自分で「これでいい」と思えることが少なく、つい「もっと良く」と考えてしまう。 まさにそれが“比較の世界”なのでしょう。
仕事の世界もまた、同じです。 成果や数字、評価や立場――すべてが相対の中にあります。 けれども、そんな世界に生きながらも、ふと自然に目を向けると、 そこには比較のない「ありのままの世界」が広がっています。
木々や風や空のように、何かと比べることなく、ただ存在している。 その静けさに触れるたびに、「これでいいのだ」と思える心の安らぎが生まれます。 せめて一日のうちのわずかな時間でも、その「比較を離れた世界」に身を置くようにしたいものです。
#心魂にひびく言葉 #森信三 #寺田一清







