余分の物を持たない|3月3日のことです。
Release: 2019/03/04 Update: 2019/03/04
余分の物を持たない
ウグイスを見て思うのであるが、一日どれだけのものを食うのであろう。コオロギ、キリギリスに甘露をなめさせたら、いったいどれだけなめるのであろう。チョウチョウ等は、ほとんど何も食わぬように見えるが、何日かの命を保って、美しく舞い、楽しく謳っている。
人間も、余分の物を持たず必要なだけで暮らしていけば、たいして物はいらぬである。こういったとて、物質文化を否定して、物が不要だというのではない。いまはどんなに乏しくとも、びくびくせぬ心境をいうのである。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)、3月3日の言葉です。
だいぶ余分なものを持っているかもしれませんね。
実際はそんなにものがいらないのに。
子供の成長とともにいらぬものの多さに気付く。
断捨離も必要ですね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
関連コンテンツ
引き上げぶり 仕事の場合、時間がきたら、さっさと引き上げる。それは最もよいことである。 すべての仕事を、始末をつけ後片付けをして、道具、機械、物、そうした私の一日の仕事を助けてくれ、そうさしてくれた、…
瞬間に生きる 今日の事は必ず今日のうちにしてしまう。これを続けていると、瞬間瞬間がことごとく働きである。何もしない時がない。それで、その時以外に時がない。ただ瞬間に生きている、それで永遠に生きている。…
悪法も守るべし つつみかくし無く堂々とあけっ放している人には、相手は必ず公平無私に堂々と取り組む。すべて我が心の反映であることは、我らの常に実見するところである。 いわゆる悪法でも、ある限りは守らなけ…
物をはぐくみ育ててゆく根本の心は、愛です。愛とは、十分に慈光を与えて、温めてやり、見守って、自然の成長を待つことです。 それから、愛する心はどうして出てくるか。その第一番目の門は、これを見るということ…
悪法も守るべし つつみかくし無く堂々とあけっ放している人には、相手は必ず公平無私に堂々と取り組む。すべて我が心の反映であることは、我らの常に実見するところである。 いわゆる悪法でも、ある限りは守らなけ…