堯舜・湯武・五覇|11月5日のことです。
Release: 2018/11/05 Update: 2018/11/05
堯舜・湯武・五覇
堯舜は之れを性にするなり。湯武は之れを身にするなり。五覇は之れを仮るなり。久しく仮りて帰さず、悪んぞ其の有に非ざるを知らんや。(尽心上三十章)
【訳】
堯や舜は、自分の天性のままに仁義を行った。殷の湯王や武王は、修養により仁義を身に付けたのである。あの春秋時代の五覇は表面的に仁義らしくふるまっただけである。ところが、長い間借りたままで返さなければ、借り物であって本物ではないということが、誰にも分らなくなってしまうのである。
11月5日、孟子一日一言の言葉です。
長い間貸す。
返してもらいづらくなる。
こういうことはありますね。
ふるまって本物なることがあるのでしょうか。
今日も一日がんばります。
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