天爵を修めて、人爵之れに従ふ②|8月31日のことです。
天爵を修めて、人爵之れに従ふ②
古の人は其の天爵を修めて、人爵之れに従ふ。今の人は其の天爵を修めて以て人爵をを要む。既に人爵を得て而して其の天爵を棄つるは、則ち惑へるの甚だしきものなり。終に亦必ず亡はんのみ。(告子上十六章)
いにしえのひとはそのてんしゃくをおさめて、じんしゃくこれにしたがう。いまのひとはそのてんしゃくをおさめてもってじんしゃくをもとむ。すでにじんしゃくをえてしこうしてそのてんしょくをすつるは、すなわちまどえるのはなはdしきなり。ついにまたかならずうしなわんのみ。(こくしかみじゅうろくしょう)
【訳】
昔の人は天爵を修めて、その結果、人爵がついてきた。今の人達は人爵を手に入れるための手段として天爵を修めている。そしていったん人爵を手にすれば、天爵の方は捨てて顧みようともしない。実に考えちがいも甚だしい。そんなことでは、せっかく手にいれた人爵までもいずれ失うことであろう。
8月31日、孟子一日一言の言葉です。
生まれつき備わっている徳をしっかりと学び実践する。
またまたホモサピエンスの話じゃないですけど人類というもの自体が、ひ弱なのに地球で一番幅をきかせている。
それは協力するということが出来たからです。
協力することができなければ生き残ってこれなかった。
そう考えると自分だけでは生き残れないということがあります。
本能としての善があるんですね。
今日も一日がんばります。