悪口|3月25日のことです。
Release: 2018/03/25 Update: 2018/03/25
いつも私の悪口をいう人がある。一度聞きたいろ思うが、真実はわからぬ。
まってくれよ、それがもし、事実とすれば、その人の方が正しい。もしまた事実でない悪宣伝をしているとしたら、向こう様こそまちがいである。
どちたにころんだところで、私自身の実質は、善にも悪にも、少しも変わるものではない。ただ私自身がそのために心を動かし行いが乱れると、その時はじめて私が変わってくる。
私の真のねうちを高めたり落としたりするのは、他人ではなくて自分自身である。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)3月25日の言葉です。
どう言われようと自分自身は変わりません。
たしかにそうです。
しかし、しっかりとぶれない自分自身をつくる必要はあります。
正しい自分でなければいけません。
周りを不幸にするような行為はいけません。
常に正しいどうかを問う必要はありますね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
関連コンテンツ
まだ働きを知らぬ者へ まだはたらきを知らぬ不幸な人は、先ず目の前の仕事は、ただちに全力をつくそう。そこに必ず、己の職業が見出される。 目の前のことを、なまけ、きらい、いやがる人には、職業は与えられぬ。…
仕事が面白い 遠路を歩んで疲れそうになると、歌を歌う。田植えの時でも、「今日はこれだけは」と必死になる時、田植え歌を始める。すると、急に能率があがり疲労も少ない。 それは仕事が面白くなるからである。す…
悪習がなおった 老父が、飲酒の悪習があって困る。年は七十に近い。子夫婦も孫たちも飲酒を止めさせようとする。しかし祖父のくせは衰えるふうがない。 或る時、決心した。「老父に今さらこの風習を変えさせようと…
生命の糸 家庭の不和も、事業の失敗も、時にふりかかる不時の災難も、一つとして、心のあやまり、生活不自然さを教える危険信号、そのまま幸福の門でないものはない。 人は本来、雑念を去り生活を自然にもどせば、…
大物にぶつかれ! このごろ歌がいくらでもできる、と思うときは、もう型をつくりだしたとき、そして、逆行の第一歩だと思わなければならぬ。 やっても、やっても、ものにならぬ。さっぱりわからなくなったときこそ…