律する79
人間はいかに優れた師を持ち、よくい教えに接したとしても、結局のところは、自分を律するものは自分以外にはないわけでありまして、いかに優れた師といえども、本人が自ら律しようとしない限り、いかんともしがたい ・・・
人間はいかに優れた師を持ち、よくい教えに接したとしても、結局のところは、自分を律するものは自分以外にはないわけでありまして、いかに優れた師といえども、本人が自ら律しようとしない限り、いかんともしがたい ・・・
真の書物を読むことを知らない人には、真の力が出ないものです。 運命を創る100の金言 真の書物を読む。真の書物を読むということは、人生論としての読書論をまたまた読むしかないのでしょうね。いやきっと論語 ・・・
真の読書というものは、いわばその人がこれまで経験してきた人生体験の内容と、その意味を照らし出し統一する「光」といってもようでしょう。だから、せっかく、深刻な人生経験をした人でも、もしその人が平生読書を ・・・
一つ提案ですが、許されるならば、三畳もしくは二畳でもよいですから、ご自分の書斎を持たれるのが願わしいと思うのです。それというのも書斎というものは、読書によって心を磨くべき唯一の場だからです。それゆえこ ・・・
読書についての要諦は、感動にあたいする書物を、全生命力を集中して一気呵成的に読みぬくことではないかと思う。そしてそれには、それだけわが心を惹き、わが心を吸引する力を持った書物でなくてはできがたい。とな ・・・
「種のまき方」--それにはまず偉人の伝記を十冊読んで、その中から自分の一番好きな人を一人つきとめるのです。物事は最後の一つをつきつめないとだめです。偉人といわれる人はたくさんおられます。しかし、最後に ・・・
われわれ人間は一生のうちに、少なくてとも三度偉人の伝記を読むべき時期があると思うのであります。そしてその第一は、小学校の五・六年から中学。高校時代に掛けての時期であり、第二は、三十代の前半から後半に掛 ・・・
人は青年期時代において、その時期に応わしい書物を潤沢に読まないと、壮年期の読書力が十分とはならず、随ってその欠損は、ひとり青年期のみに留まらないで、壮年期にも及ぶわけであり、否それはさらに老年期の読書 ・・・
読書は、いわば鉄砲で的をねらううようなものです。しかしいかにねらいを定めても、引き金を引かない限り、一向恐ろしくないでしょう。引き金を引くとは、実行ということです。そこでどんな本を読んでも、実行の心が ・・・
その反面、滋養の取り過ぎにも問題があるわけですが、こういう人も所謂読書家といわれる人々の中にもあるわけで、これは真の実践的エネルギーに繋がらない読書だからであります。真に実践に繋がらないとは、その人自 ・・・