本質を見失うな①
Release: 2022/02/23 Update: 2022/02/23
本質を見失うな①
人間というものは、現在自分の当面している仕事をまず片付けて、しかるのち、余力があったら、自分の根底を養うような修養をすべきでしょう。【465】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
自分の当面している仕事が尽きることがないのはまた素敵なことなんでしょうね。
もう何もすることがないという状態を作ったことがないのが問題なんでしょうか。
なんぼでも仕事あるものですね。
しかし、優先順位をつけていくことは大切なことです。
途中途中で違うことも入ってくるがそれもやりながら前のこともやる。
余力ができるほどに全部を片付けていかなければなりませんね。
結果的まだまだといういうこですね。
寝ないでやれるほどワクワクはしていないとも入れるのか。
難しき問題ですね。
関連コンテンツ
愛するということは、元来「相手のために自己を捧げる」という意味がこもっているのです。いかに辛いことでも相手のためにそれを我慢し、さらには耐え忍ぶという所がなくては、真に愛してているとは言えないわけです…
われわれ人間は、いやしくも「生」この世にうけた以上は、それぞれの分に応じて一つの「心願」を抱き、それを最後のひと呼吸まで貫かねばならぬ。 森信三先生は、よく「内に心願を秘めて」とおっしゃいました。そし…
どのように廊下を歩むか、また階段の昇り降りをどのようにするのか、その一歩一歩が真の修養です。また不浄へ行く出入りの一々、また道を歩くにはどのように歩くか、電車に乗ったらどのように腰をかけるか、また立…
老年になって読む伝記 伝記は何人にとっても必要であり、またいかなる年齢の人も読むべきであって、たとえばもはや老年になって、ほとんどなすべきことがないような人でも、偉人はその晩年をどのように過ごしたかと…
私欲の一関を越える 私意私欲の一関を突破するということは、口で言えばただそれだけのことですが、しかしいざわが身のこととなると、決して容易なことではありません、しかし人間も、一たび私欲の一関を越えますと…