生への感謝
Release: 2022/03/01 Update: 2022/03/01
生への感謝
われわれ人間は自分がここに人間として生をうけたことに対して、多少なりとも感謝の念の起こらない間は、真に人生を生きるものとは言いがたいと思うのです。【19】
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考えなければなりません。なぜ人間なのか。
虫や動物であったら考えるということすらないのかもしれませんが、せっかく人間として生まれてきたのですから。
それが学問であるのが哲学ということなのでしょうかね~。
実際、次人間として生まれられる可能性というのはどれくらいなのでしょうか。
世の中の命のあるものはどれだけあるのでしょうか。
人間のように考える生き物はどれくらいいるのでしょうか。
そう考えるとありがたさを感じてきますね。
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