考えるとは何か
Release: 2022/10/03 Update: 2022/10/03
考えるとは何か
真に考えるということは、その問題が常にその人の心の底にあって、忘れる時がないということでなければならぬのです。【111】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
戦後の国民的な教育者と言われるとなかなか考えつかないわけですが、そういう志をもって教育を考えいるのは私の中ではすでに森信三となっているわけです。
死後これほどまでに読まれているのはその証拠だと感じますし、まだ続まで出るのですからすごいです。
さらに数年後には先生のいった通りになるような気もします。
立ち行かなくなってからでは遅いとは思いますが、そうならないと気づかないのが民族的なものなのでしょうか。
私の生産年齢も刻々と実はなくなっているわけです。
今から伸び切ったこの生活を変えるのは難しいですがその時その時でどうにかなるものだとも感じます。
気持ちをふるい立たせ、お役に立たなくなるまで働けなくなる時まで働く。
結局はこれしかないのでしょうね。
関連コンテンツ
なぜ人間として生まれたか そもそもいかなる力によってわれわれは、かく人間としてその生をうけることができたのであるか、私達はまずこの根本原理に対して、改めて深く思いを致さなければならぬと思うのです。【1…
東洋美術の権威の金原省吾さんが、いつか私に言われたことが、「教師というもにも大体三段階がある。在校中からすでに生徒の信頼のない教師、これは下の教師である。次は学校にいる間は生徒の信用する教師、これは…
無窮なる生命 人間というものは、その外面を突き破って、内に無限の世界を開いていってこそ、真に優れた人と言えましょう。同時にまたそこにこそ、生命の真の無窮性はあるのでしょう。【302】 #修身教授録一日…
人間の知恵 人間の知恵というものは、自分で自分の問題に気づいて、自らこれを解決するところにあるのです。教育とは、そういう知恵を身に付けた人間をつくることです。【134】 #修身教授録一日一言 #森信三…
三十年を生き抜く 道元禅師は「某は坐禅を三十年余りしたにすぎない」と言うておられますが、これは考えてみれば、実に大した言葉だと思うのです。本当に人生を生き抜くこと三十年に及ぶということは、人間として実…