自由な心|2月4日のことです。
Release: 2019/02/04 Update: 2019/02/04
人間は、自分で自分の捕虜になっている。狭い柵の中にもぐりこんで自分勝手に苦しんでいる。おりというのは諸君の肉体である、さくというのは諸君の住宅である。肉体は心のいれもの(容器)ではないか。古人は言った、「霊の社」と。五尺の短身といって悲観する必要がどこにあるか。体に傷があろうが、何をくよくよする。容物は、もって形があれば足りる。
人の心は、出入自由。ガイレオも文天祥も、身は牢獄につながれたが、心は天地に遊泳した。何を遠慮するのだ、悠々とその広い天地に散歩したまえ。
※文天祥 南宋末の政治家。元朝への仕官を勧められたが節を曲げず死刑となった。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)2月4日の言葉です。
だいぶ醜い入れ物になってきました。
入れ物の手入れはしっかりとしなければなりませんがなかなか難しいものです。
(太ってきている)ということですね(笑)
どういう心でいるかによってすべてが決まります。
幸せと不幸せは自分が決めること。
どんな状態、肉体でも自分が決めた通りになる。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
関連コンテンツ
歌の心 自然の風光に美を見出すということは、実は、内にあるわが心をひらいて美に通じるわが本性を振り立てることである。 「我」とは、小さい肉体に限られているものではない。ほんとうの「われ」は、肉体の外に…
天職に捧げる一生 職業を持ち、これにすべての力をかけることが、人間の生きがいである。 鉄道線路の一つの踏切番を、四十年間務めぬいた人がある。私の叔母は八十四歳で、田舎家の台所で働き、家を愛し、田を守っ…
耳の観景 わび茶の道は、味覚の世界だとばかり考えたら甚だ浅い。釜のにえ音に、夜雨を聞き、松籟(しょうえん)を聞き、露地に滴(したた)る打水の音、軒端の梢(こずえ)をわたる風の声、さては、静寂の極まりに…
刀は魂の依代 日本の勝れた製品の中に、刀剣があります。この刀剣は、本来人を斬るものではなく、魂の寄るもの、霊をのせるもので、これを依代と申しました。 そして刀剣は同時に、工人の魂の依代であったわけであ…
やると決心する 私は三十年間、ほとんど学問と首っ引きの生活をいたしましたために、文字通りの夜更かしが続きました。 それが、二十年くらい前のある寒い早春の朝から、キッパリ早起きに変わりました。 やると決…