誠によって貫く
Release: 2022/10/20 Update: 2022/10/20
誠によって貫く
人間の真価が、本当に認められるのは、その人の死後に相違ないですが、しかもその真価は、死後にあるのではなくて、実に生前の生活そのものにあることを忘れてはならぬのです。結局一口に申せば、その人の一生が、いかほど誠によって貫かれた否かの問題でしょう。【251】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
信実という徳目がありますが、それを選ぶときにはいつもこの先生の誠が思い出されます。
それほどまでに強いものをこの章はいつも感じますが、今日はまた格別にそのように思いますね。
誠とは、とにかく今の仕事を精一杯に全力で勤め上げるというようなことだと感じます。
しかも、一歩先を行かねばなりません。
そこに我があるようではまだまだ足りない。
至誠にして動かざるもの未だこれあらざるなり。
誠を貫けば必ず伝わるものがある。
しかも自分の生きている間でなく死後それが伝わる。
なるほど。
関連コンテンツ
目下の人に対する心得 目下の人に対する心得の一つとして、目下の人だからといって、言葉遣いをぞんざいにしないように。ーーということでしょう。これはうっかりすると気付きにくい点ですが、大体人間の人柄という…
一日の終わり、人生の終わり われわれが夜寝るということは、つまり、日々人生の終わりを経験しつつあるわけです。一日に終わりがるということは、実は日々「これでもか、これでもか」と死の覚悟を促されているわけ…
優れた師①叱らずして悦服(えっぷく)させる 本当に偉い方というものは、そうみだりに声を荒げたて、生徒や門弟を叱られるものではないのです。第一にその必要がなかろうと思うのです。 大声で生徒を叱らねばなら…
われわれは、生をこの国土にうけたことを、非常に幸せと言うべきにもかかわらず、われわれはその日々の生活においては、とかくこの点がおろそかになりがちで、ほとんどそれと気付かずに日を送っているわけです。それ…
世には、十年一筋の一道を歩む人は少ない。ましてや二十年、三十年、一筋の道を歩き通す人は稀である。恐らく百人中、二、三人しかあるまい。いわんや、五十年一道を歩むに至っては、千人中二、三人が危うかろう。し…