100 わかれの言葉 修身教授録抄 姿勢を正して声を出して読んでみた

さてこの時間は、私にとっては諸君の組とお別れすると共に、さらに私が過去十三年住み慣れた、大阪の地ともお別れするという意味において、ほんとうのお訣れとなるわけであります。すなわち来る新学年には、諸君たちの組を受け持たないばかりか、この四月からは、たぶん諸君らの顔をみることさえできなくなることでしょう。
と申しますのも、私は、たぶんこの四月から、満州の建国大学の方へ参ることになるかと思うのです。このことは、私としても、まったく思い設けなかったことでありますが、しかし人生のことはすべて因縁として自己に与えられたものが、とりもなおさず天の命でありましょうから、謹んでお受けしたしだいであります。
元来私は非常な寒がりでありまして、これまで寒さを恐れる人間でありましたが、それがかように酷寒の地へ参って、人生の後半生を、その地に過ごす運命になったということは、皮肉と言えば実に皮肉とも言えましょう。しかし私自身は、今はそうとは思わないのであります。すなわち従来最も寒さを恐れてきた私が、今回酷寒の地に赴くことになったというのは、この私にとっては最もよい修養でありまして、これはおそらくは、これまで甘えていた私の一面を、今や最も厳粛に鍛錬させられる天の妙配剤かと思うのです。
私はこの大阪という大都会に住むようになってから、しみじみと夜空を仰ぐということは、ほとんどなくなりました。しかし満州の地へ行ったならば、定めし広野の夜空を仰ぐことも、少なくあるまいと思うのです。人は夜空を仰ぐ時、初めて深く永遠を思うものです。同時に永遠を思うとき、人は翻ってゆかり深き人々を上を思うものであります。してみれば、満州の地で大陸の夜空を仰ぐ時、私が遠く想いを馳せるのは、おそらくは大阪の地と、そこに住むゆかりの人々でありましょう。
私は諸君らに対して申すべきことは、四月以来今日までの間に、一応その時の最善を尽くして、申して参ったつもりであります。ですから、もし諸君たちが、私がこの学校を去った後、私の微志の在するところを知ろうと思う人があったら、どうぞこの修身の筆記を、最初から読み直して戴きたいと思います。そこには必ずや一貫して、諸君らに対して要求しているものがあるはずです。
しかしかくは言いつつも、私は諸君らの目標に対して、最後の眼睛目に点ずることを忘れていました。今や別れに臨んで私ははっきりとそれを申しましょう。それは将来二十年後に、この大阪の地に、諸君らを中心として真の国民教育の大道が開かれるようにということです。そしてそれによってこの大阪の地が、わが国の国民教育における一中心地となることです。
森信三小伝の中では、この後の満州の建国大学時代はとてもつらいものだっとありました。
天命と受け止め満州に地に渡ってからの辛酸忍苦は想像を絶するものがありますね。
朝ドラとかでもこの時代の前と後ではがらっとイメージが変わり小さい時はなんだか嫌な時代というイメージだけでしたが、今はこの時代にあこがれるようなこともあります。
教育という部分では頭のいい人が多かったんではないかと思います。
今に時代は貧富の差より学歴の差が多いのではないかと感じてしまいますね。
100まで来たのでとりあえずは一段落です。
もっとはやくに終わる予定でしたが更新できない日があったので時間がかかってしまいました。
やはり先生の本はいいですね。
言葉の言い回しがなんだかいいと最初は感じていましたが、このような口調の先生が多かったんでしょうかね。
人生二度なしです。
また、新たな一歩を踏み出したい気持ちになりました。
今日もはここまでです。
ありがとうございます。
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