伊尹の志あらば則ち可なり|11月6日のことです。
Release: 2018/11/06 Update: 2018/11/06
伊尹の志あらば則ち可なり
伊尹の志あらば則ち可なり。(尽心上三十章)
【訳】
伊尹のような(一点の私心もなく、ただ天下を救うことをのみ思う)志があれば、それでよい。
〇松陰は、「(主君に非道な政治をさせないために主君太甲を地方に放伐し、太甲が悔い改めたので再び王位につけたという伊尹の在り方をよしとしたこの一語を)乱臣・賊子の骨まで震え上がらせるものである。自分をその立場においてみれば、教えられなくても理解できるであろう。この語の功績は、孔子が『春秋』を著されたことに劣るものではない」と記している。
11月6日、孟子一日一言の言葉です。
一点の私心もなく、天下を思うような政治家であるからこそ許されることなんでしょうね。
通常であれば考えられないことでしょうね。
明治維新がいかに大事業を急速に行い政治の体制をかえていったのかとうことに考えさせられることです。
今日も一日がんばります。
関連コンテンツ
不仁にして天下を得るは未だ之れあらざるなり 不仁にして国を得るものは之れあらんも、不仁のして天下を得るは未だ之あらざるなり。(尽心下十三章) ふじんにしてくにをうるものはこれあらんも、ふじんいしててん…
葵丘の会 葵丘の会。(告子下七章) ききゅうの会。(こくししもななしょう) 【訳】 (齊の桓公が盟主として諸侯を招集した)葵丘の会儀。 〇松陰は、「葵丘の会議における五ヶ条の盟約には、一つとして王事、…
仁義礼智―得・失 仁義礼智は外より我れを鑠るに非ざるなり。我れ固より之れを有するなり、思はざるのみ。故に曰く、求むれば則ち之れを得、舎つれば則ち之れを失ふと。(告子上六章) 【訳】 仁義礼智という四つ…
悪む所は施すことなきのみ 欲する所は之れを与へ之を聚め、悪む所は施すことなきのみ。(離婁上九章) ほっするところはこれをあたえこれをあつめ、にくむところはほどこすことなきのみ。(りろうかみきゅうしょう…
王の不智を或ふなきなり 王の不智を或ふなきなり。(中略)一日之れを暴めて十日之れを寒さば、未だ能く生ずるものあらざるなり。(告子上九章) おうのふちうたがうなきなり。(中略)一日これをあらためてとおか…