食物は命の糧|1月27日のことです。
Release: 2018/01/27 Update: 2019/01/12
どんな食物でも、一度我が食膳に上がった以上は、”今日一日の私の命の糧”と有難く思って、あれこれ好ききらいせず、何でも喜んで感謝して食べることが、自然にして当然のことである。
炊事した人が子供たちに、夫に、親兄弟たちに、主人に、おいしく食べていただこうと心を用いて作ってくれた食事である。
たとえ、どんなささやかな物でも、粗末なものでも、胸一ぱいの感謝をもって食べるのが本当である。
丸山敏雄一日一話(幸せになるための366話)1月27日の言葉です。
あたりまえにいつも食べている食事。
ところどころでは感じていますが忘れていることも多々あります。
それはやはり食事の時の感謝の言葉が足りないからかもしれません。
そういうことがいろいろな場面ででていることもあると思います。
日々の感謝がとても大切ですね。
いただきます。ごちそうさま。
しっかりと意味をかみしめ今日を過ごすこととします。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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