命名の意義|7月16日のことです
Release: 2019/07/16 Update: 2019/07/16
命名の意義
わが国では、昔から、造った品に名をつけていました。刀で申しますと、「菊一文字」とか、「浪切丸」とかいうのがあります。
人間の名づけは、元服の式、命名の式になります。一人前になったという印に、立派な人に名をつけて貰いました。これは、将来を祝福して、それを名に象徴して生命をふきこむのです。これが仏像なら、開眼供養の式で、開眼供養によって魂が入ることになるのと同じです。すべて、かくのごとく名をつけて、生き物としたのですが、これを祖先の行ってきた「式」というのであります。
7月16日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
物にも名前を付ける。商品名などもそうなのかもしれませんね。
真剣に考え得た商品名とそうでないものとではやはり思いが違ってきますね。
名前を付けて命を吹きこむ。
大事にする気持ちが出てくる気がします。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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