真の生活の始まり
Release: 2022/08/30 Update: 2022/08/30
真の生活の始まり
私は常に思うのです。人間もこの自分という一微小存在すら、国家全体に対しては、代理人のない一個の独自の任務の在することを自覚するに至って、初めてわれわれの真の生活は始まるわけだと。【113】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
20年後、30年後のことを国家という部分で考える人が、どれだけいることか。
自分のことですら人生の半分を過ぎているにもかかわらず、真剣に考えたこともない。
実になさけない状況なのです。
会社の20年後、30年後。自分が死んでからの世の中。
いったいどうなっているのでしょうか。
そういうことを明るく前向きに考える人がいるようなことが良いでしょうね。
続修身教授録も同時に読まないといけませんね。
関連コンテンツ
大往生の条件 一日の予定を完了しないで、明日に残して寝るということは、畢竟人生の最後においても、多くの思いを残して死ぬということです。つまりそういうことを一生続けていたんでは、真の大往生はできないわけ…
道元禅師は「某は座禅を三十年余りしたにすぎない」というておられますが、これは考えてみれば、実に大した言葉だと思うのです。本当に人生を生き抜くこと三十年に及ぶということは、人間として実に大したことと言っ…
真の一道 真の一道が開かれるのは、かくして起ち上がった自己の内なる醜い我見をえぐり出して、かくして浄められた自己の全心身を、己がつとめに対して、投げ込み捧げ切るところ、そこに初めて開かれてくるのであり…
目下の人に対する心得 目下の人に対する心得の一つとして、目下の人だからといって、言葉遣いをぞんざいにしないように。ーーということでしょう。これはうっかりすると気付きにくい点ですが、大体人間の人柄という…
「死生の問題」などと言いますと、諸君らのような若い人は、自分らのような若い者には、そんなことは縁遠いことだと思われるかも知れません。しかし私は必ずしもそうとは思わないです。と申しますのも、われわれ人…