真の誠
Release: 2022/09/22 Update: 2022/09/22
真の誠
真の誠とは、その時その時の自己の「精一杯」を尽くしながら、しかも常にその足らざるを歎くものでなくてはならぬ。【250】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
誠というものを深く考えさせられる部分ですが、究極は仕事に一切を投げ出して努めるということでしょうね。
もうこれ以上尽くすことが出来ない状態まで努めるのが真の誠だと先生は言われていますがそう容易ではありませんね。
全充実の生活とは少しの余力も残さない己を尽くすこと。
綱渡りは渡った時に歓声を浴びるが途中経過に対しての歓声だと先生は言います。
人生もそのようなものなのでしょうね。
途中で歓声を浴びたとしても渡り切らないようでは問題が多い。
自分が死んでからが真の誠の人生を歩んだかどうかを決めるのでしょうね。
関連コンテンツ
幸福とは求めるものでなくて、与えられるもの。自己の為なすべきことをした人に対し、天からこの世において与えられるものである。 引き続き、森先生の一代記について略記すれば、恩師西晋一郎先生の勧めによって、…
安じてこの世を去る この世にある間は、自分の全力を挙げてこの世の務めを尽くす。これやがて、安じてこの世を去る唯一の秘訣でありましょう。いざという時に心残りのない道、これ真に安じて死に得る唯一の道であり…
真の一道 真の一道が開かれるのは、かくして起ち上がった自己の内なる醜い我見をえぐり出して、かくして浄められた自己の全心身を、己がつとめに対して、投げ込み捧げ切るところ、そこに初めて開かれてくるのであり…
人生の峠路 諸君たちは、その欲すると欲せざるとにかかわらず一日一日、否、一刻一刻、この人生の峠路に向かって歩みつつあるのであり、実はその一歩一歩が、諸君らの方向を決定しつつあるわけです。【43】 #修…
四十までは修業時代 人間は四十までは、もっぱら修業時代と心得ねばならぬということです。現に山登りでも、山頂まではすべてが登り道です。同様に人間も、四十歳まではいわゆる潜行密用であって、すなわち地に潜ん…