下座を行ずる②
Release: 2022/09/24 Update: 2022/09/24
下座を行ずる②
世間がその人の真価を認めず、よってその位置がその人の真価よりはるかに低くても、それをもって、かえって自己を磨く最適の場所と心得て、不平不満の色を人に示さず、わが仕事に精進するのであります。これを「下座を行ずる」というわけです。【417】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
肯定的捉えることを教えるのは簡単ではないですね。
子供の不平不満を聞いてあげるにも必要ですが捉え方一つで変わるということを自分が実践していないから伝わらないのでしょうか。
まずは、継続したこんなことがあるよということが一つでも目に見えればいいのですが。
下座を行ずるということは、まさに肯定的であることが大前提です。
自分の方が以前は上にいたと感じることがすでに否定的な気もします。
何事にも「よしここで鍛錬する」という気持ちがあることはすでに肯定的なことです。
今日は何を鍛錬するかそれは仕事であり学生は勉強というわけです。
これでは伝わらないな(笑)
関連コンテンツ
人を教える道 人を教える道は、一転して、自ら学ぶ果てしない一道となる。【37】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新 実際、誰しもが何らかの形で何か…
本物は持続する 人間の決心覚悟というものは、どうしても持続するものでないと本物ではなく、真に世のため人のためには、なり得ないのであります。【51】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常…
かりそめにも夫たるものは、素の顔、貌の不器用さについては、一言たりとも触れてはならぬ、ということです。同様にまた妻としても、夫の稼ぎの不甲斐なさについては、絶対にふれてはならぬ禁句です。つまりこの二つ…
前進あるのみ 生きている間は、一瞬の油断もなく、進みに進まねばならぬのです。これ真実の生活というものであり、すなわちまた誠に他ならぬわけです。【251】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #…
四十までは修業時代 人間は四十までは、もっぱら修業時代と心得ねばならぬということです。現に山登りでも、山頂まではすべてが登り道です。同様に人間も、四十歳まではいわゆる潜行密用であって、すなわち地に潜ん…